☆☆たいかな日記☆☆

きまぐれブログへようこそ。♪♪自然の中で鳥との出会いを求め、近隣、時にはミニ遠征を続けています。♬♬

風景

御陵のお濠。。

御陵のお濠に看板が立ちました。お濠に入る人がいて大切な植物を踏みつけるので
知人を介してお願いして立てて頂きました。本当はもっときつく立入禁止看板にして
欲しかったですが  伝わらなかったのか悩んでいます。
でも 動いていただいたことは有り難いです。
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ホテルになるんだ。。

老朽化で閉鎖された奈良少年刑務所です。3年後にはホテルに生まれ変わるようです。

奈良少年刑務所は全国7箇所の少年刑務所の1つで前身は奈良監獄。明治41年
(1908年)に竣工した明治の五大監獄の一つで建物は国の重要文化財に指定され
ています。
少年刑務所、正面。
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中庭。
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遠景。
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中庭から。
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独房の2階から。
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ずらりと並ぶ独房。
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独房内。畳2畳ほど。
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独房の鍵。
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江戸時代の牢獄。
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一部を残しホテルに変身。運営を民間業者に委託。
ホテルのイメージ(案)。
ホテルイメージ
独房の通路はこのようになるかも。
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そう言えば。。

ごう音を轟かせ飛んで来た鳥?そう言えば航空自衛隊の奈良基地祭の日でした。
自宅近隣で撮りました。@6月3日

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石垣島。。

 友人と石垣島へ行きました。4泊5日と比較的 余裕のある旅程でのんびりと
島内を徘徊しました。飛行機は往復とも満席でしたが 島では観光客、バーダー
に出会うことはなかっです。皆さん、どこへ行かれたのでしょう。 私たちが行った
場所が普通じゃなかったんか。(笑)

 丁度 梅雨時期で 雨が上がると蒸し暑かったです。

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空から見た石垣島。海が綺麗。
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石垣市内。
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730記念碑は1978年7月30日に自動車が右側通行から左側通行に変更された
記念に建てられました。
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京の水の聖地。。

 石楠花の花が綺麗な志明院へいきました。
 ここは鴨川の源流で 洞窟に水神が祀られていて、歌舞伎十八番「鳴神」でも有名です。
 実は石楠花を見たくて行ったけど、帰宅後、メディアを見たら折角撮った画像が全て消えて
 いました。・・・・仕方なく携帯画像の遠景を添付します。

 *5年前、海老蔵が五役を演じた早変り歌舞伎「雷神不動北山櫻」を鑑賞した時、どんな
      ところかと興味がわき 行った所の再訪です。(2012.1.15のブログ「昨日のこと」に掲載。)
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神社。。

市内へで行く途中、立ち寄った神社です。・・・・。
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C7A25。

東福寺。。

気が付けば紅葉の若葉が眩しい新緑の季節でした。

 昨夜は元勤務先の同僚との飲み会。集合時間前に立ち寄った東福寺の新緑は
眩しかったです。
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野崎参り。。

 長い石段を登った上にある慈眼寺、野崎観音さん。行程は少々きつい。
 ひょんなことから登って来ました。

 飯盛山の山麓にある慈眼寺の本尊は行基が彫ったと言われる十一面観世音菩薩です。
 1688~1710年頃は野崎参りが盛んで繁栄したそうです。
  
  ♫「野崎参りは 屋形船でまいろ / どこを向いても 菜の花ざかり
    粋な日傘にゃ 蝶々もとまる / 呼んでみようか 土手の人」♫・・・野崎小唄

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車中より。。

鹿児島まで行きました。帰りに寄った海岸&車中から撮った気球です。
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桂離宮。。

 久しぶりに桂離宮へ行きました。前回行ったのは何時だったか記憶にない位、昔です。

 桂離宮は、後陽成天皇の弟、八条宮智仁親王により宮家の別荘として1615年
(元和元年)に創建されました。
 総面積は約6万9千㎡で手入れされた庭園、建物があります。 @3.2
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跡形なし。。

廃虚と化した夢の国跡です。
1961年7月開場、2006年8月閉園。その後荒れ放題の遊園地がやっと撤去されました。

荒れ果てた遊園地跡
(撤去前)。
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(撤去後)
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(撤去前)
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(撤去後)
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賑わったその昔。
その昔
荒れ果てたこの建物も撤去されました。
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京都迎賓館。。

京都迎賓館へ行きました。冬場は見学者が少なく入館しやすいです。

敷地20,140㎡に造られた和風を配慮した建物(延床面積約16,000㎡)です。
(2005年4月開館)。

外観。
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庭園。
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夕映えの間。
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藤の間。
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桐の間。
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天井。
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行灯。
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廊橋の天井。
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花園 妙心寺。。

妙心寺界隈はその昔、公卿の邸があり、お花畑があって、四季折々に美しい花が
咲き乱れ、いつしか「花園」と呼ばれるようになったようです。
この地に離宮を構えて禅の奥義を究めるとともに、世の中の平和を願われた
第95代天皇、花園法皇の離宮が臨済宗妙心寺派の大本山、妙心寺のはじまりです。

東林院へ行く途中 通りました。

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市内散策(2)。。

3時半に伏見稲荷をスタート、東福寺~泉涌寺~智積院まで歩きました。
5時前に東福寺迄戻り、新年会に臨みました。

那須与一の石塔がある泉涌寺塔頭、即成院。
DSC_0532即成院
文殊菩薩様の札所。泉涌寺塔頭 戒光寺。
DSC_0533戒光寺
聖徳太子が身寄りのない老人や放置されている子供を収容する施設として造った悲田院。
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皇室の御寺泉涌寺。
DSC_0539泉涌寺
DSC_0540泉涌寺
観世音菩薩が本尊の善能寺。雪が残っていました。
DSC_0543善能寺
来迎院。弘法大師ゆかりの独鈷水がある。
境内一角に赤穂義士・大石義雄建立の茶室「含翠軒(がんすいけん)」あり。
紅葉の綺麗なスポット。
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DSC_0547来迎院
今熊野観音寺。泉涌寺派寺院。十一面観音が有名。
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澤正。蕎麦懐石が有名。時々、行きました。
DSC_0554澤正
真言宗智山派総本山。 智積院。ここで時間切れ。寺院の門も閉まりました。
DSC_0561智積院

市内散策(1)。。

新年会いやいや定例飲み会で市内へ出かけました。毎年、この時期は少し早めに出動し
東福寺界隈を散策します。

伏見稲荷大社。
DSC_0506伏見稲荷大社
外国人観光スポットNO.1。人が多く撮影は苦労します。
DSC_0511伏見稲荷大社
東福寺。現役時代の散歩コース。
DSC_0513東福寺
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通天橋。紅葉シーズンは写真撮影禁止とか。
DSC_0520東福寺通天橋
同聚院。池に水があった当時はモリアオガエルが生息していました。
住職が居なくなって池は干上がり その後は生息が確認されていません。
DSC_0521同聚院、十万不動明王
栗棘菴。紅葉が綺麗。好きなお寺です。
DSC_0524栗棘菴
毘沙門堂の勝林院。秋の勝林寺はFBで良く見ます。
DSC_0528勝林寺

夜景。。

昨夜は友人と新年会。駅ビル内から撮った京都タワーです。
DSC_0570京都タワー

初詣。。

毎年 新年は岡山の実家で過ごしていましたが、帰省することがなくなりました。
久しぶりに近隣での初詣です。浄瑠璃寺、岩船寺、岡田国神社へ行きました。

浄瑠璃寺
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DSC_0338浄瑠璃寺
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岩船寺
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DSC_0387岩船寺
DSC_0377岩船寺
岡田国神社
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DSC_0412岡田国神社

寂しい限り。。

久しぶりに海辺へ行きました。ソーラーの工事が始まっていて鳥達が羽根を休める池は
空っぽです。
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地元の駅前。。

静かな駅前のイルミネーシン。今更ですが、初めての試みです。DSC_0305

おきなわ。。

 観光メインで沖縄へ行きました。

  万座毛。
 
万座毛(まんざもう、Cape Manza)は、恩納村にある景勝地です。東シナ海に面した
 海岸の絶壁に象の鼻の形の岩があります。
 万座毛の由来は琉球王朝時代の王、尚敬王が、「一万人が座れる広い原っぱ」と評し
 たことに由来しています。(毛・・・原っぱ) 
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  琉球村
 
開村して30周年になる観光テーマパークです。沖縄の文化体験が­楽しめます。
 沖縄民謡を披露していたけど、歌っている人が「日本人はいますか?」 と遠慮がちに
  声をかけていました。
 ほとんどの観光客が東南アジアの方でやり難そう・・・。
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F00A3210琉球村

  残波岬。
  沖縄本島読谷村の北端に突き出た岬で高さ30mの絶壁が2kmに渡って続いています。
 紺碧の海と断崖に打ちつける白波のコントラスト、東シナ海に沈む夕日が美しい景勝地
 です。
F00A3235残波岬

 首里城。
 首里城は海外貿易の拠点であった那覇港を見下ろす丘陵地にあったグスク(御城)で 
 沖縄県内最大規模の城です。
 戦前は正殿などが国宝に指定されていましたが沖縄戦で破壊され、わずかに城壁や
 建物の基礎などの一部が残りました。その後、建物は復元されました。
 守礼門。
F00A3253守礼門
 首里城正殿。
F00A3323首里城正殿
 歓会門。
F00A3259歓会門
  城塞。
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首里城からの一望。
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 平和祈念公園。
  沖縄戦跡国定公園の広さは81.3km²あり戦跡としては唯一の国定公園です。

 1965年に琉球政府立公園に指定され、1972年の本土復帰に伴い、国定公園
 に指定されました。
  F00A3444平和祈念公園
 和記念像
F00A3483平和記念像
 平和の丘。
F00A3540平和の丘
 平和祈念公園からの遠望。
F00A3569平和記念公園から

 ひめゆりの塔。
 
沖縄戦時に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑。
 慰霊碑の名称は、当時第三外科壕に学徒隊として従軍していたひめゆり学徒隊に
  ちなんでいます。
F00A3653ひめゆりの塔

レンズが沢山。。

グーグルアースの撮影のようです。沢山レンズがついています。
公園の中は車が入れないので歩き回っての撮影です。重いのにご苦労様です。
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ベタ踏み坂。。

ダイハツ「タントカスタム」のCMで有名になった鳥取県と島根県をまたぐ「江島大橋」です。
この道を通りました。
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ベタ踏み坂

小旅行。。

学生時代の友人数名と下呂温泉へいきました。
天候に恵まれた凌ぎやすい日で 楽しい旅行になりました。

下呂温泉は有馬、草津と並んで日本三名泉の一つで開湯は古く、その昔、薬師如来が
傷ついた白鷺に化身し 羽根を休めて温泉のありかを教えたそうです。
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当日は定休日で町は静かでしたが 手入れができてない家が多くこの地も過疎化が
進んでいるようです。
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昔懐かしい看板が・・・。
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合掌村。白川郷から移築した合掌造りの民家集落です。
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切妻合掌造り茅葺き屋根(大戸屋住宅)。
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合掌村内で。。
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散策。。

友人と近江八幡市街を散策しました。
当日は絶好の行楽日和で気持ち良い一日でした。勿論、散策後のビールは
美味しかったです。
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八幡掘。
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近江八幡市街。
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西川家住宅。
F00A0878西川家
日牟禮八幡宮。近江商人の崇敬を受けた神社。八幡祭と左義長祭が有名。
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ヴオーリズ住宅。近江兄弟社」を創設し関西地方を中心に教会や学校など一千種を
超える建物を設計したウイリアム・メレル・ヴオーリズの自邸。」
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U6O07。

天空の戦艦。。

天空に浮かぶ巨大戦艦?。生駒の山も霞んでいます。天気が悪く山へ入れません。
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金魚の町。。

 古い電話BOXを利用した水槽がありました。送受話器も泳いでいます。
  水槽が汚れるので掃除が大変だとか。

 ☆3年ほど前、地域活性化のイベントとして京都の大学生が造ったものです。
   
@大和郡山
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祇園祭。。

 毎年、暑苦しい時期に始まる祇園祭です。一昨日、市内に行ったので見て来ました。
 まだ、準備作業中のものもありましたが大勢の人で賑わっていました。

菊水鉾。
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長刀鉾。
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綾傘鉾。
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白楽天山。
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山伏山。
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粽(ちまき)。
 祇園祭のちまきは食べ物ではなく、笹の葉で作られた厄病・災難除けのお守りです。
 毎年祇園祭のときにだけ各山鉾のお会所や八坂神社で販売され、京都では多くの人
がこれを買い求め一年間、玄関先に飾ります。
 我が家も毎年、求めています。・・・ご利益がありますように!。
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越前武生。。

 昨日掲載の続きです。

 御誕生寺参拝を終えたら、丁度、昼時で食事をとりに武生駅前へ寄りました。
 旧武生市は現在、越前市に市名が変わりました。北が越前町、南が南越前町で
紛らわしく、武生市のままで良かったのではと市名変更について住民の反対意見が
多かったのに越前市に決まったそうです。
 
 市内に立派な総社大神宮がありました。総社は国府所在地に置かれた神社です。
当時、武生の町は繁栄したのでしょう。
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 「いわさきちひろ」が生まれた家です。
  ちひろの母、文江は奈良女子高等学校を卒業し、開設されたばかりの武生実科
高等女学校の教師として武生に赴任し、ちひろはそこで生まれたそうです。
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越前へ来たらやはり蕎麦でしょう。美味しい蕎麦をいただきました。於:御清水庵。
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猫寺。。

 義姉に誘われ越前庄田の御誕生寺(猫寺)まで遠出しました。
 参拝のきっかけは住職の著書「あたりまえでいい」を読んでどんなお寺か見たいということからです。
 この寺は数年前に建てられ落慶法要が終わったばかりの新しいお寺で檀家は1軒もなく全て寄進によって創建され、約30名のお坊さん、猫数十匹がいる静かなお寺です。
 短期間に立派なお寺が出来たのは禅師の徳によるものでしょう。

 本堂建設中に捨てられた猫を保護したら、いつの間にか捨て猫が増え、猫寺と呼ばれるようにもなったようで今では猫好きの人が遠方から来られています。

2002年小堂、2009年に本堂が出来ました。
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全て寄進によるものです。
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猫いっぱいです。
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 ☆誕生寺 板橋興宗((こうしゅう)住職の略歴   
 1927年、宮城県産まれ。海軍兵学校、東北大学を出て1953年禅門に入り修行。
       福井武生市・瑞洞院住職、金沢市・大乗寺住職などを歴任。
 1998年、横浜市・大本山總持寺貫首、曹洞宗管長に就任。
 2002年、貫首、管長の公職を辞し輪島市・總持寺祖院住職を経て現、御誕生寺住職。

 ☆住職は20年ほど前に癌を患い今は肋骨に転移していて3週間に一度点滴を打っている
  そうです。
 
 ☆禅師の今は「ありのままに生きる」ことで、ありのままに何もしないで暮らすのではなく、
     何もない土地に新しく寺を建て、  病気の治療をしながら、その日のなすべき仕事を
     片付ける。そういうありのままの生き方を実践されています。
 
 著書:
 ・『良寛さんと道元禅師』
 ・『「心豊かに」生きる知恵
 ・『人生は河の流れのごとく』
 ・『興宗和尚の人世問答』
 ・『タンポポや人に踏まれて笑い顔』
 ・『むだを堂々とやる!-禅の極意』
 ・『〈いのち〉をほほ笑む』
 ・『混沌に息づく』
 ・『坐りませんか。』
 ・『猫は悩まない』
 ・『いのち〉の呼吸』
 ・『ありがとさん』
 ・『息身佛 そくしんぶつ ただ、息をする。ただ、生きる。』
 ・『柔らかな心で』
 ・『猫のように生きる』
 ・『足の裏で歩む - 板橋興宗米寿記念随想』
 ・『あたりまえでいい』
MJ609。

草津~近江八幡。。

 先月は石山~草津まで16㎞。今回は草津~近江八幡まで20㎞を総勢5名で歩きました。
 一番先にくたばりそうでしたら何とか終着地までたどり着きました。
 何気なしにコースを選択しましたが気が付けば中山道ウオークでした。
  中山道は板橋宿~大津宿まで69次、今回は草津宿~森山宿の旧街道を歩いたことに
なります。
 途中で撮った写真を掲載します。

栗東の大宝神社。境内に芭蕉の句「へそむらのまだ麦青し春のくれ」があります。
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守山宿。
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近江西国三十三カ所2番、東門院。
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本陣跡。
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@16.6.3

故郷紹介。。

歳をとったのか昔を懐かしんでいます。
高校時代を過ごした備中高梁の紹介です。
こんな風景&歌があります。

工事中。。

 平城宮、大極殿の前に粛々と建物が建設中です。
 名称は「平城宮歴史公園資材保管庫・加工場等新築工事」。
 立派な建物(費用4.4億円)ですが南西から大極殿を見ると建物が邪魔で景観は
台無しです。
 仮設のようですが数年はこの状態が続きます。他にも場所はあると思いますがセンスの
無い工事です。

 ・聞いた話では現在ある回廊を作り直すそうです。現在の回廊は5年ほど前に設計費を
  含め3億円ほどかかった筈です。
 ・新回廊は現在の築地回廊の4倍の高さ(2階建て家屋と同じ)だそうで今からその高さに
    慣れろと言うことでしょうか。

南西から見た工事現場。
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南側からこの遠景は見ることは出来ません。
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 大極殿は文化庁が建設しましたが敷地全体は国交省管轄です。
☆1978年に文化庁が策定した平城遺跡博物館基本構想資料がよりどころですが、整備を
 推進したい県知事の運動により2008年、国営公園となり、整備の主体は文化庁から事業
 予算が期待できる?国交省に移りました。

閑谷学校。。

桜は終わっていて訪れる人も少なく静かでした。
江戸時代に岡山藩主池田光政によって創建された庶民のための学校です。

以下、備前市のホームページから。

 閑谷学校は、1670年に備前藩主池田光政が創設した庶民教育の施設。その中心となる
講堂は1701年に完成したもので、備前焼の屋根が後背地の里山の緑に映え、美しい輪郭を
見せてくれます。
 また聖廟の前には2本の楷の木が植えられ、毎年11月初旬には見事に紅葉します。


講堂。
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楷の木。孔子像がある聖廟前に植えられた二本の木は中国山東省曲阜の孔林から
持ち帰った種子から育てられたそうです。秋の紅葉は綺麗です。
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石塀。
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閑谷学校から見た風景。
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ベンガラの町。。

 江戸時代末期に銅山経営とローハ(ベンガラの材料)の製造で繁栄した備中吹屋には
懐かしい街並みが残っています。

 以下、高梁市のホームページから。

 「ベンガラが語りかける、繁栄の歴史」

  赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された、見事な町並みが整然と続く吹屋の町並み、
この町並みこそ、江戸末期から明治にかけ、吹屋の長者達が後世に残した最大の文化遺産です。
 豪商が財にあかせて建てた豪邸は、全国各地に見ることができます。しかし、吹屋の特異な点は、
個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく、旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の
棟梁たちを招いて、町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたという当時としては驚くべき
先進的な思想にあります。

 昭和49年には岡山県のふるさと村に認定され、昭和52年には文化庁から国の重要伝統的建造物
群保存地区の認定を受けました。 

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ベンガラ館。
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邸宅と桜。。

 吹屋の広兼邸です。桜が満開でした。
享和、文化の頃(1800年頃)銅山とローハ(硫酸鉄)の製造を営み、巨大な富を築いた
庄屋・広兼氏の邸宅です。 
 江戸末期に建てられた楼門づくりで城郭にも劣らない堂々たる石垣は、当時の富豪ぶりが
偲ばれます。
  映画「八つ墓村」のロケが昭和52年と平成8年の二度にわたりおこなわれました。             
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琵琶湖。。

少し前の写真です。石山から草津まで琵琶湖岸を散策しました。
久しぶりだったので少し疲れました。
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醍醐桜。。

実家へ行く途中、寄り道しました。推定樹齢1,000年のヒガンザクラです。
夕方は人も少なく、ゆっくりでき 満開の桜を堪能しました。
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早朝。。

朝日が美しい夜明けです。海の無い地域に住んでいるとつい撮りたくなります。

P.S. 長らく休養していました。ブログを更新していないのに皆さま方から毎日、アクセスいただき
        感謝しています。
        体調も戻ってきたのでゆっくり再始動します。引き続き宜しくお願いいたします。
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一分後。。
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静寂。。

紅葉シーズンが終わり喧騒が去った東福寺です。
先月の人の洪水は何だったのでしょう。
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ポーズ。。

公園での鳥は空振り。。これを撮りました。
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失礼して近所のお家もついでに。
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静かな公園で。。

近所の公園を散歩しました。紅葉終盤の池です。
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これってアート?。
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やはり。。

思った通りになってきました。ガッカリ! @友人より
ソーラー

少し早いのか!。。

 紅葉を探しに元勤務先近くの寺院を散策しましたがまだ緑が残っています。
 週末の連休は人の洪水で歩けないほど賑わうのに・・・・・。 
  
東福寺。臨済宗東福寺派大本山。
通天橋(臥雲橋からみた風景)
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東福寺塔頭、栗棘院
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泉涌寺(皇室の菩提所)。
寺の一角から清水が涌き出て仙遊寺から泉涌寺と改められました。
この泉は今も涌き続けています。
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悲田院(泉涌寺山内)
聖徳太子が身寄りのない老人や放置されている子供を収容する施設として造られた
のが悲田院の始まりといわれる。
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即成院。(泉涌寺山内)
境内には屋島の合戦で知られる源義経の臣・那須与一の墓がある。
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来迎院(泉涌寺山内)
境内一角に赤穂義士・大石義雄建立の茶室「含翠軒(がんすいけん)」がある。
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今熊野観音寺(泉涌寺山内)。西国三十三所十五番札所。
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智積院。真言宗智山派の総本山。
成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院の大本山を始め、東京都の高幡山金剛寺、
名古屋市の大須観音寶生院を別格本山として全国に3000余りの寺院教会を擁し、総本山
智積院は全国約30万人にのぼる檀信徒の信仰のよりどころとして総菩提所、総祈願所と
位置付けられています。
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嵐山散策。。

 先週、高校時代の友人と嵐山を歩きました。紅葉には少し早かったけど人は少なく
ゆったりと散策を楽しみました。

嵯峨野トロッコ列車。
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トロッコの車窓から(保津川下り)。
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落柿舎
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祇王寺。
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天龍寺庭園。
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強風の山。。

 鷹の渡りを見に行ったけど強風と寒さで震えました。目的の鷹は少なく手持無沙汰でした。

 鳥の観察を始めた頃から度々行った懐かしい場所です。近くにあった国民宿舎は閉鎖され
ていました。
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ふるさと紹介。。

 高校時代に過ごした故郷です。学校のグランドが校舎より高い所にありその上が臥牛山。
山頂に備中松山城があります。
 学生時代に夜明け前から山へ登り、眼下に広がる雲海を眺めました。時には猿に追いかけら
れ恐い思いをしたこともありました。
 朝靄に包まれたお城は幻想的な天空の城です。

 今月、同窓会を京都・嵐山で行います。故郷を思い出し掲載しました。

 現在のお城の状況です。(You Tubeから。)


 
備中松山城は岡山県高梁市内山下にある山城です。城跡は江戸時代に建造され
天守、二重櫓などは国の重要文化財に指定されています。
 お城は標高430メートルの臥牛山山頂にあり、現存天守を持つ山城としては最も高い
所にあります。
天守閣(重要文化財)
天守(重要文化財)
三の平櫓東土塀(重要文化財)
三の平櫓東土塀(重要文化財)
二重櫓(重要文化財)
二重櫓(重要文化財)
三の平櫓東土塀(重要文化財)
石垣群


 1240年、秋葉三郎重信が最初の城を築きその後、1331年頃、高橋宗康が小松山まで
 城を拡張した。

 城主は時代と共に変換し、戦国時代に大松山・小松山を範囲とする一大城塞となりました。
 
 1642年(寛永19年)に水谷勝隆が5万石で入封。2代勝宗が天守建造などの修築を行い、
 城は現在の姿となりました。しかし、3代勝美は嗣子がなく1693年(元禄6年)10月に死去。
 その養子となった勝晴はわずか1か月後の同年11月に13歳で早世し水谷家は断絶しました。

 水谷家断絶後は赤穂藩士(浅野長矩)が城を受取り家老大石良雄が城番となりました。
 
 1744年(延享元年)板倉勝澄が5万石で入封し、明治時代まで板倉氏が8代続きました。

 (説明はネットを参照しました。)
 

清涼。。

 残暑お見舞い申し上げます。

   残暑と言うより酷暑で地獄夜が続いています。年々、暑くなっているようですね。
皆さん、体調管理に留意ください。

上北山村の小処温泉(小橡川)の上流にある「くらがり又谷の滝」です。
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嵐山散策。。

  秋に高校の同窓会を嵐山で行うことになり、近隣の観光スポットを友人と下見しました。
  嵐山界隈を歩いたのは何十年前か思い出せませんが全く変わっていません。
  自分の頭の整理を兼ね、訪れた場所を簡単にまとめました。

常寂光寺
  文禄4年(1595年)日禛上人が開設。三か所の時雨亭(常寂光寺、二尊院、厭離庵)の一つ。
 小倉山の中腹の斜面にあり境内からの京都市内の一望は素晴らしく、秋の紅葉も魅力的です。
この常寂光土のような風情から寺号がつけられたとされる。

  歌人でもある日禎上人に小倉山の麓の土地を寄進したのは「角倉了以」で「小早川秀秋」らの
大名の寄進により堂塔伽藍が整備された。
IMG_2486常寂光寺
IMG_2489常寂光寺
落柿舎
  松尾芭蕉の弟子、向井去来の別荘として使用されていた草庵で、去来がこの草庵について
書いた「落柿舎ノ記」がある。古い家の周囲には40本の柿の木があって庭の柿を売る契約を
したのちに、柿がすべて台風で落ちてしまったためこう呼ばれている。
  元禄4年(1691年)4~5月までここに松尾芭蕉が滞在した。
IMG_2494落柿舎
IMG_2500落柿舎
二尊院
  天台宗の寺院。正式名は小倉山二尊院華台寺。二尊院の名は本尊の「発遣の釈迦」、
「来迎の阿弥陀」の二如来像に由来する。(本堂修復中で本尊の拝観はできません。)
  総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は紅葉の名所として知られ、奥には百人一首ゆかり
の藤原定家が営んだ時雨亭跡がある。
IMG_2505二尊院
祇王寺
  真言宗大覚寺派の仏教寺院(尼寺)。本尊は大日如来。元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した
往生院の跡。平家物語には平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺
したとしても知られている。
  その後往生院は衰退し明治時代の初期に一時廃寺となるが、大覚寺の支配を受け真言宗に
改宗し、富岡鉄斎らの尽力もあって復興を遂げた。苔の庭でも知られる。
 庵主の智照尼は瀬戸内寂聴の小説『女徳』のモデルになった人物で1994年(平成6年)に98歳で
亡くなった。
IMG_2532祇王寺
野宮神社
  学問、恋愛成就、子宝安産等の祭神。豊鍬入姫命を端とした伊勢神宮に奉仕する斎王が伊勢
に向う前に潔斎をした「野宮」に由来する神社です。
  天皇が代替わりすると、未婚の皇女の中より新たな斎王が定められ、嵯峨野の清らかな場所に
造営された野宮に入り約一年間潔斎した後に伊勢神宮での神事に臨んだそうです。

IMG_2547野宮神社

欠航続き。。

 小さな船なので海が荒れると即、欠航。春は荒れる日が多く離島行きはやきもきします。
 漁業無線では10m超えの風。やはり欠航になりました。

ニューへぐら 定員:119名、総トン数:102トン。
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 「輪島ナウ」と記述しようと思っていたらこの言葉は既に死語とか。・・・・
 普通に使っていた言葉が「それは死語だよ」と笑われることが多くなりました。気が付かない
 うちに死語になった言葉は多いようです。私もいつのまにか「世間の空気が読めなく」なって
 いました。
 あるネットに出ていた死語ランキングフレーズは・・・・・
  1位:KY
  2位:なう
  3位:ナウい
  4位:草食系
  5位:そんなの関係ねぇ  

奈良公園。。

桜が満開の奈良公園。雨上がりの朝は緑と桜が似合います。
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